活鰻調理技術 「裂き」

 
 
●東形(江戸)鰻裂き庖丁の各部名称
@鋩子 A鰭引き B糸刃 C幅刃 D顎
E柄 F峰 G握り込みH切先 I裏出し
J裏すき K鍔元 L柄尻
 
 
●関東と関西の裂き方の違いについて
 
 
周知のとおり関東では「背開き」・関西では「腹開き」である。
その違いは、通説(つうせつ)では関西では公家社会・関東では武家社会であるゆえ、
武家は腹切りを嫌うので背から開く様になったと言われるが、

正しくは調理方法の相違によるものである
 
関東と関西の調理方法で最も異なる点は「蒸し」の工程である。
関東では「裂き」→「串打ち」→「素焼き」の工程の後に「蒸し」の工程が存在し、
関西の様に「腹開き」であると、腹部の薄い腹皮部が外側になるので、
その部分の串に負担がかかり壊れやすくなる。
 
 
この点を考慮し、肉厚の部分を外側にして壊れ難いように「背開き」にするのである。
また関西では、「蒸し」の工程が無く、肉厚の背側が内側になるので、
何匹も一緒に金串を打って焼くのに都合が良い為「腹開き」にする。(図参照)
 
 
 
 
 
 
●「裂き」の手順 (右利き用)
 
 
  1. 素早い動作の連続である「裂き」は、その手順を考えて、道具を手の届く範囲に使い易い様に配置する必要がある。(調理衛生上手桶の水は、綺麗清潔を常とする)
  2. 身体は俎板に対して自然体に立ち(座り)、右手は庖丁を所持する為決して濡らさず、また左手と俎板は動作を滑らかにする為水に濡らしつつ作業する様心掛ける事。
  3. 庖丁の持ち方は人差し指を庖丁の峰に副え安定を計り、決して力を入れ過ぎぬ事。
  4. 目打ちの持ち方は、基本的には、人差し指と中指で挟む様に持ち庖丁の顎に掛けるが、目打ちから庖丁が滑らぬ様に注意する事。
     
 
  1. 鰻の掴み方は、左手の4本指と掌で鰻の胴を押えた後、親指で鰻の首を軽く下に押してくの字に曲げる。
  2. 鰻の急所である首の切り方は、幅刃部糸刃の下部で鰓)鰭(えらひ゛れ)の上を直角よりやや斜めに骨と一緒に2/3程度まで切る事。(直角に切ると、「焼き」の工程で鰻が収縮して切口が平で無くなるので注意する)
     
 
  1. 目打(めう)ちの刺す位置は、6)の切口より少し離れた位置の比較的柔らかい部分に刺す事。(切口に近すぎると、後の骨引き過程で庖丁が引きにくくなるので注意する)
  2. 鰻の割り方
    1. 庖丁捌き(さばき)は左手主導であり、左手の人差し指に庖丁の切先を当て、親指の第1関節を庖丁の峰に当て、残る3本の指で鰻を押える事。
    2. 右手は庖丁の安定を計る様に握り、力を入れ過ぎないように注意する事。
    3. 力の配分は左手が7・右手が3位の加減である。
     
    8(A,B,C)
     
    1. 庖丁の捌き方は、鰻に対して弓形に弧を描くように進ませるが(自分の立つ位置を鰻の尾の近辺にすると良い)気持ちの上で3回に区切って裂くようにする事。
    2. まず鋩子(ぼうし)部糸刃の角度を安定させ、頸部(けいぶ)の切口から滑らせるように入り
      1. 次に血肝を切らないように糸刃の角度を微妙に調節して
      2. 尾の先まで裂く
      3. その工程で骨に当らぬよう注意する事。
     
    8(D,E)
     
  1. 肝の取り方は、庖丁の切先で鰻の中骨の部分を押えながら左手の指数本を使い、引っ張る様に身から剥がしつつ心臓の部分に庖丁を入れて取る事。
  2. 9)の作業の後、心臓の部分から離した肝は、尾の方に向けて引っ張りつつ血肝の部分に軽く庖丁を入れると綺麗(きれい)に取れる。
    ( 8-Eで血肝を切ると、肝が綺麗に取れにくく、かつ完成品の見栄えも劣るので注意)
     
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  1. 中骨の取り方は、庖丁を中骨に対してやや斜めに保持して幅刃部糸刃の角度を安定させつつ幅刃の手前から先端まで滑らす様にして取る事。
  2. 上記の逆で悪い例では、中骨を取る時に庖丁を掬(すく)うように動かしたり、幅刃の一部分で押すように動かすと鰻の肉を削ぎ易いので注意する事。
     
    11(良い例:引き包丁) 12(悪い例:すくい包丁)
     
  1. 返し庖丁は、鰻の頸部(けいぶ)を切り離す直前に手前中骨(なかほ゛ね)の跡上に尾から頸部に向けて、庖丁の切先を使い軽く浅く入れる事。
    (位置を誤ると、後の「串打ち」や「素焼き」の工程に悪影響が出やすいので注意)
  2. 向う骨の取り方は、鰻の頸部を切り離し、向う骨の下部に切先を立てて適度に切れ目を入れ鋩子(ぼうし)部糸刃を使い軽く撫ぜるようにして取る事。
     (切れ目が深いと後の「串打ち」や「素焼き」の工程に悪影響が出やすいので注意)
     
     
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  1. 鰻の肝跡の腹部は薄い膜が付いている故、焼きの工程で焦げやすいので、腹引き庖丁(遊び庖丁)を腹部真中の庖丁跡に沿い、切先で浅く両側に入れる事。
    (切れ目が深いと後の「串打ち」や「素焼き」の工程に悪影響が出やすいので注意)
  2. 尾鰭(おひ゛れ)の切り方は、左手で尾鰭の先端を摘みつつ、庖丁の鰭(ひれ)引き部を使い尾鰭の 先端より若干頸部寄りに直角に当て、上から下に切口を直角に保ち引くように切る。
    (尾鰭の先端を残すと「焼き」の工程で焦げやすいので注意)
     
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  1. なお尾鰭を切る時には、全て切り落とさぬように注意して背鰭を少し残す事。
  2. 背鰭の取り方は、16)の後左手は尾鰭を掴んだまま斜め下に移動させつつ庖丁の鰭引き部を使い鋭角に深く取る事。(左手と右手の動く軌跡はへの字形になる)
     
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  1.  
    1. 腹鰭(はらびれ)の取り方は、鰻の尾を縦に二つに折った後、くの字形に曲げて俎板(まないた)の手前端を使い、庖丁の幅刃部糸刃を腹鰭に添えて鰻と同時に上から下に引く事。
    2. 庖丁の入れ方は、斜めに浅く腹鰭を少し残した後全体に取り去る事。(尾の先腹鰭を少し残す事によって、後の工程で尾の先端が割れる事を防止出来る)  
    3. A,Bの後、腹鰭を左手人差し指の第1関節と親指の爪で摘みつつ庖丁の切先を使い、鰭(ひれ)と庖丁を相互に引いて取る事。
     
    19−A 19−B 19−C
     
 
  1. 鰻の切り離し方は、かま部と尾部で同じ重さになるよう4対6を基準にして、盛付ける器の種類・仕事の内容等によって微妙に調整する事。なお、「串打ち」の工程で作業がしやす いように、かま部を下に・尾部を上に重ねて置くと良い。
     
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●天然鰻の注意点
  1. 天然鰻は捕獲方法に拠っては針を飲んでいる場合があるので、「割る」時に鋩子(ぼうし)部糸刃に当てないようにする事。(即切れ味が悪くなる)
  2. ボク」と呼称される大きい天然鰻は、「本焼き」時に皮の剥(はがれ)れ防止と小骨を短くする為に、皮側から小骨に対して直角に切先を当てる「骨切り」作業を行う事